今回は趣味の革靴、特にその製法についてのトピックです。(マニア向けです)
中国在住者としては趣味の話ができるレベルまで中国語が上達したいですが、まだまだ先は長いです...
- ノルウェージャン製法とグッドイヤーウェルト製法とは?
- 再調査のきっかけの動画
- ノルウェージャン解釈の典型例
- すくい縫いって何?
- 結論
- 補足) ノルウィージャン (ノルベジェーゼ) 製法、ウェルトの有無、コバの構造に関して
- 追記
ノルウェージャン製法とグッドイヤーウェルト製法とは?
前回、下記の記事で安藤製靴の靴を紹介し、その中で安藤製靴の靴はノルウェージャン製法で作られていると述べました。
ここで、ノルウェージャン製法 はノルウィージャン製法、ノルウェイジャン製法、ノルヴェイジャン製法、ノルヴェジェーゼ製法、ノルベジェーゼ製法などとも呼ばれ、これらは英語 (Norwegian)・仏語 (Norvégien)・伊語 (Norvegese) のカタカナ表記が混ざってややこしくなっています。
この中でノルヴェジェーゼ製法、ノルベジェーゼ製法はイタリア語で、イタリアから広まったドレスシューズの説明で使用されることが多いです。
下記は有名なデザイナーであるステファノ・ブランキーニ氏のインタビュー記事からの抜粋です。
そう、イタリア語でね。英語ならノルウィージャン。ノルベジェーゼという名称はボクが考案した言葉なんだよ。
安藤製靴の説明によると、ノルウィージャン製法とは「甲素材(アッパー)と革中底を横にスクイ縫いを行い合亀材(ミッドソール)を縦にダシ縫いを行います」とあります。
昔、ノルウィージャンについて興味を持ちましたが、安藤製靴のHPにはノルウィージャンについて他に記載がないので、色々と調べてみました。(15年ほど前の話です)
その結果、様々な情報が得られましたが、靴専門家の間でも諸説あるため、これが正しいノルウィージャンという結論は得られませんでした。
靴職人や靴メーカーが各々の定義でノルウィージャンを定義している状況...
ただし、最大公約数的なところをみると、上記にあるような「アッパー (ライニング含む) と中底とを水平にすくい縫いし、コバ部とミッドソールを縦に出し縫いをする製法」に落ち着くのかなと考えていました。
この場合、ノルウィージャンとグッドイヤーウェルト製法との違いは、アッパーと中底の固定の部分に関してのみで、下記のように解釈してました。
- ノルウィージャン :水平にすくい縫い
- グッドイヤーウェルト:斜めにつまみ縫い
安藤製靴、もしくはノルウィージャンに興味がある人であれば、この 辺まで調べた人も多いのではないかと思います。
実際に上記の違いが履き心地や堅牢性に影響するのか興味もありましたが、その部分だけ異なる靴などあるはずもなく確かめようもないので、ノルウィージャンとグッドイヤーの違いには興味が無くなっていました。
しかし、ある動画がきっかけで、ノルウィージャンとグッドイヤーウェルトに関して、また少し調べてみようかなという気に。
前回、調べたのは15年ほど前でもありますので、多少何か新しい情報も期待していました。
そこで、今回、ノルウィージャンとグッドイヤーウェルトについて、あらためて最近の解釈について調べてみました。
再調査のきっかけの動画
きっかけはこれ。
※2:00~がノルウィージャンウェルトに関するところ
動画を見てわかるようにL字のウェルトがあるのがノルウェージャンウェルトで、それが安藤製靴のよいといわれる理由の一番目に挙げられています。
基本的には安藤製靴ついて褒めているを見れば好意的に受け取りますが、今回のは大いに違和感あり。
もちろん、ノルウェージャンの解釈について云々いう気もないです。
どう見ても、目の前のその靴 (NERO) にL字ウェルトはついていないだろう~ (物理的に)
下の写真を見てもNEROのコバにL字のウェルトは付いてないのは明らかです。
安藤製靴NERO|安藤製靴のHPより引用 (2019年4月追記:最近のモデルは本当にL字ウェルトに変更されました)
NEROのコバは動画中で出てきたレッドウィングなんかのグッドイヤーと見た目は同じはずなので、L字ウェルトがNEROを選ぶ理由にはならないだろ~というのが率直な感想です。(L字ウェルトは目で見てもわからないものと考えていたのか...)
ちなみにL字ウェルトは、ご存知の方も多いと思いますが安藤製靴の例で挙げると下記ようなコバです。
安藤製靴 OR2|L字の (ギザ) ウェルト
また、アッパー側に曲がったウェルトがノルウェージャンだけかといえば、そういうわけでもなく、下記のようにグッドイヤーウェルトでも見た目がL字ウェルトのものもあります。
Bourton|ストームウェルト (見た目はL字ウェルト) /Tricker'sのHPより引用
というわけで、久々にノルウェージャンとグッドイヤーウェルトの違いについて意識してしまったので、再度、調べてみようかなという気になりました。
ノルウェージャン解釈の典型例
まずはおさらいとして、ノルウェージャン製法で有名なパラブーツのHPの記載をチェックしました。
生産量までは調べていませんが、ノルウェージャンの世界的リーダーと自社のHPで謳っているので、典型例として妥当ではないかと思います。
パラブーツのHPより引用
パラブーツのHPの説明をまとめると下記のようになります。
ノルウェージャン製法とは? (パラブーツの定義)
- ウェルトを使用し、2本の縫い目が見える
- アッパーを外に折り返してウェルトの代わりにしてもOK
- 頑丈で快適
- ウェルトの独特な位置のおかげで防水性と耐久性が向上
- 呼び名がいくつかあるが、ノルウェーとは関係ない
グッドイヤーウェルト製法とは? (パラブーツの定義)
- ウェルトを使用し、2本の縫い目があるが外から見えるのは一本だけ
- シャープな形状が可能だが、ノルウェージャンと同等な防水性と耐久性
- 伝統的に高級な靴に採用される
- 呼び名は機械の発明者
パラブーツの製品ラインナップを見てみると、ノルウェージャンをカジュアルやスポーティなラインに、グッドイヤーウェルトをビジネスやドレスシューズのラインに適用しているようです。(製品の説明にノルウェージャンかグッドイヤーウェルトかの記載があるので判別可能)
また、上の写真からノルウェージャンとグッドイヤーウェルトで機械を変えているのもわかります。
この辺りの情報は昔と大差無いようです。
次に構造的な記載のある典型例も欲しいところですが、Web上の情報だと出展が不明確な点もあるので、書籍から例を引用します。
今回は下記の書籍から引用します。(リンク先はAmazonです)
製靴書‐ビスポーク・シューメイキング: オーダーからその製作技術と哲学まで
ノルウェージャン製法とは? (製靴書の定義)
ノルウェージャン・ウェルテッド|製靴書 (誠文堂新光社)、P59
アッパーを外側に折り曲げているのがノルウェージャンという定義もありますが、上記のようにウェルトを介してのミッドソールに固定されている定義もあります。
パラブーツや安藤製靴のORシリーズも、コバ部分は上記のような感じでしょう。(タウンユースであれば)
この図にはノルウェー生まれの~とありますが、先ほどのパラブーツの例ではノルウェーは関係ないと記載があり、正反対です。
この辺は昔と同じく、日本人&素人には調べるのが難しいので深入りはしません。
グッドイヤーウェルト製法とは? (製靴書の定義)
グッドイヤー・ウェルテッド|製靴書 (誠文堂新光社)、P58
この図も普通のグッドイヤーウェルトの構造で、グッドイヤーウェルトの構造はどこもだいたい同じです。
一点を除いては...
一点というのは上の図でいうところの「つまみ縫い (グッドイヤー式)」の部分です。
この部分が最近は「すくい縫い」と書かれているサイトが圧倒的に多いことに気づきました。
「すくい縫い」は機械化が難しいので、「つまみ縫い」に変更することで機械化に対応しグッドイヤーウェルト製法として大量生産できるようになったというのが、昔の私の理解でした。(なお、上記の製靴書にもそのような記載があります)
しかし、最近はほとんどのサイトで、グッドイヤーウェルト製法も「すくい縫い」と書かれています。(リーガル、スコッチグレインといった大手ブランドがそのように記載しています)
「縫い方」というよりも、中底/ウェルト/アッパーを「縫いつける工程」のことを「すくい縫い」と呼んでいるようです。
「すくい縫い」の部分まであいまいになったら、ますますノルウェージャンとグッドイヤーウェルトの違いはわからなくなってしまいます。
そこで、この「すくい縫い」の部分をもう少し掘り下げて調べてみることにしました。
すくい縫いって何?
靴職人や靴メーカーのサイトを調べても埒が明かないので、切り口を変えました。
今回は、機械屋、つまりミシンを製造している機械メーカーがどのように「すくい縫い」を考えているのか確かめるため、特許庁のHPで特許中の記載を調べてみました。
その結果、代表的な「すくい縫い」とは下記ように、曲針を使用していること、円弧軌道で揺動 (振り子運動) がポイントでした。(いくつかの特許明細の中に見られる共通の表現)
【特許出願公開番号/JP2004173945A - Google Patents】
すくい縫いミシンは、曲針よりなる縫い針を針振り軸まわりの円弧軌道上で揺動せしめる針駆動機構と・・・
そういえば、上のパラブーツのノルウェージャンの機械も何となく針が曲がっているように見えますね。(振り子のような動きもしそうです)
これに関しては上の「すくい縫い」の記載通り、曲針を使用し円弧軌道で縫っている機械が映っている動画がYoutubeで見つかりました。
残念ながら安藤製靴の動画ではないと思いますが、上の「すくい縫い」の説明にピタリと当てはまります。(下の動画の0:46~がその場面です)
一方、グッドイヤーウェルト製法の動画もYoutubeにたくさん見つかりました。
下記がそのグッドイヤーウェルトの例ですが、上の動画と比較すると針の動きが異なるのがよくわかると思います。 (下の動画の5:10~がその縫い合わせの場面です)
二つの動画で縫い方の違いがわかりましたか?
私としては、もうこれくらいで納得しようかと思います...
ちなみに、上のどちらの動画も私は好きですね。
クラフトマンシップと工業生産の中間領域のような、ミックスしたような感じが好きです。
今回、これらの面白い動画が見つかったのが一番の収穫でした。
結論
動画を見てわかるように、グッドイヤーウェルト製法が実際に機械メーカーのいう「すくい縫い」をしているわけではないと思います。
なんとなく、ハンドソーンのイメージを利用したいという業界のマーケティング戦略のようなものを感じなくもないです。
同様に、ノルウェージャンという用語の使い方に関してもそう感じるところがあります。
登山靴に使われた流れから、ノルウェージャン製法だから雨や雪に強いかというとそんなわけもなく、ステッチの縫い目に防水処理が施されていないのであれば簡単に浸水してきても不思議ではありません。(経験済み)
雨や雪に対する防水性は製法だけでなく、革の材質や縫い目の処理などの影響も大きいですが、街履き用のノルウェージャン製法の靴の多くは縫い目の防水処理がなされているようにはみえません。(おそらく目止め剤なんかを使用すると、テカテカしたりして見栄えが悪いのかもしれません...)
逆にグッドイヤーウェルト製法でも防水性の高かった靴もありました。(下記のガエルネはバイク用に4年ほど使用していましたが、防水性に何の問題もありませんでした)
▼参考
そう考えると、何が正しいノルウィージャン製法とか考えてもあんまり意味ないですね。(それら製法の違いなんかは、消費者が実際に実感するのが容易ではないので、靴メーカーが好きなようにアピールしてくださいという気持ちが強くなりました)
見た目も含めて靴の良し悪しは製法以外の要素も多分に関係しますので、やはり自分が実際に履いてみて判断する (価値基準も自分で決める) ことが一番重要だと再認識。(しばらく履いてみないとわからないことも多いので、難しいですが…)
以上、長くなってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました!
補足) ノルウィージャン (ノルベジェーゼ) 製法、ウェルトの有無、コバの構造に関して
終わったと見せかけて補足を追加してしまってすみませんが、お時間のある方はもう少しだけお付き合いしてください...
上記では「グッドイヤーウェルト製法」に対して、「ノルウィージャン製法およびノルウィージャンウェルト製法」を比較してたので、その総称として ‟ノルウィージャン製法” としていました。
混同させてしまったかもしれないので、最後に補足しておきます。
ご存知の方も多いのかもしれませんが、ノルウィージャン製法にはウェルトの細革をしないものもあり、その場合は下記のようにアッパー (甲革) を外側に折り返す構造になっています。
上は安藤製靴のホットスタッフというオックスフォードタイプの靴をモデルに描いた断面図です。(ドレスタイプではなくアウトドアシューズです)
アッパーがウェルトの代わりになっていて、ミッドソールとアッパーが直接出し縫いされています。
また、ステファノ・ブランキーニ氏のインタビュー記事から再び引用させてもらいますが、ドレスシューズ系のノルベジェーゼ製法の靴も下図のようにアッパーは外側に折られています。(私のイメージではドレスよりの靴が、ノルウィージャンというよりもノルベジェーゼ製法と呼ばれることが多い気がします...イタリア系は当然ですが...)
さらに、上のノルベジェーゼ製法の靴の場合はミッド―ルがアッパーよりも外側に張り出していて、張り出した部分に2本目の出し縫いがされています。
また、すくい縫いの部分は装飾も兼ねているのがわかります。
▼参考
Branchini Shoes handmade shoes (公式サイト)
というわけで、今回、紹介させて頂いたノルウィージャン (ノルベジェーゼ) 製法とノルウィージャンウェルト製法の靴の違いについては、ウェルトの有無以外にコバに対するアッパーの折り曲げる方向の違いがあります。
また、少ないですが、アッパーを外側に折り曲げた上で、ウェルトを重ね合わせるノルウィージャンウェルト製法の靴も存在しますので、ウェルトがあるからアッパーが絶対に内側に折れているとは限りません... (ソールの返りが悪そうなイメージですが...)
下図みたいな構造です。(下図はアンドリュー・トレッキングシューズのカタログからの引用です)
少し切れが悪いですが、補足説明は以上です。
最後までご覧いただき、本当にありがとうございました!
下記は今回参考にした本です。
製靴書‐ビスポーク・シューメイキング: オーダーからその製作技術と哲学まで
- 作者: 山口千尋
- 出版社/メーカー: 誠文堂新光社
- 発売日: 2016/12/08
- メディア: 単行本
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追記
実際にノルウェージャン製法の安藤製靴の革靴を分解して、その構造を検証してみました。
興味のある方は、是非ご覧下さい!!
※本ブログの安藤製靴に関するその他の記事です。よろしければどうぞ!
下記ではベスタ社のケベックレザーを使用した安藤製靴のチロリアンシューズの紹介や最近のチロリアンシューズに関する検索動向をまとめています。
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